システムリアーキテクチャの保守・運用費用・ランニングコストについて

システムリアーキテクチャとは、稼働中のシステムの「作り替え」の中でも、モノリスからマイクロサービスへの分解、ドメイン駆動設計(DDD)による業務境界の定義、API-first設計、クラウドネイティブアーキテクチャパターンという「構造そのものの再設計」に焦点を絞った取り組みです。姉妹記事「システムのモダナイゼーション」の保守費用が5つの技術的アプローチ全般にわたる技術的負債解消コストとして語られ、「システム刷新」の保守費用が経営判断に基づく投資回収の観点で語られるのに対し、システムリアーキテクチャの保守・運用費用は、分散システム特有の運用監視コスト、Kubernetes・サービスメッシュの運用人件費、API Gateway・サービス間通信の管理コストという、マイクロサービスアーキテクチャならではの費用構造が主軸になる点で性質が異なります。

本記事では、システムリアーキテクチャの保守・運用費用・ランニングコストに焦点を当て、モノリス維持と比較したTCO(総所有コスト)の変化、マイクロサービス化後に発生する運用監視コストの内訳、Kubernetes・サービスメッシュ運用の人件費と学習コスト、そしてコストを最適化するための設計上の工夫までを、具体的な数値とともに体系的に解説します。マイクロサービス化を検討し始めたばかりでインフラ費用の変化が見えていない方はもちろん、すでに一部を移行済みで運用コストの想定外の膨張に直面している方にとっても、総所有コストの観点で判断するための材料が得られる内容です。

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システムリアーキテクチャの保守・運用費用の全体像(分散アーキテクチャ特有の費用構造)

システムリアーキテクチャの保守・運用費用の全体像(分散アーキテクチャ特有の費用構造)

システムリアーキテクチャの保守・運用費用を正しく見積もるための出発点は、「サーバー1台を運用する」発想から「多数の独立したサービスが連携するシステム全体を運用する」発想への転換にあります。モノリスの時代は1つのアプリケーションを監視すればよかったものが、マイクロサービスに分解した後は、サービスの数だけ監視対象・障害ポイント・デプロイパイプラインが増えることになります。この構造変化を理解しないまま予算を組むと、インフラ費用そのものは下がったのに、運用にかかる人件費と管理ツールの費用が想定を大きく上回るという事態に陥りかねません。

モノリス維持と比較したTCOの変化

モノリシックなレガシーシステムから、クラウドネイティブアーキテクチャ(マイクロサービス・コンテナ・サーバーレス等)へ再設計した場合、インフラ管理の自動化(マネージドサービスの活用など)が進むことで、一般的に年間運用費の20〜40%削減が期待できます。サーバーレスを部分的に活用した場合は、プログラム実行時のみの完全従量課金制となるため、アクセスが少ない機能では劇的なコスト削減が見込めます。一方で、この削減効果を得るためには相応の初期投資が必要で、主要サブシステム全体をクラウドネイティブ化する場合は約3,000万〜2億円・12〜30ヶ月、変更頻度が高い機能に限定してマイクロサービス化する場合は約2,000万〜8,000万円・8〜18ヶ月、API化(連携基盤の整備)に絞る場合は約500万〜2,000万円・3〜8ヶ月が目安です。運用費だけを見て判断するのではなく、初期投資と運用費削減効果を合わせた総所有コストで比較検討することが重要です。

「モダナイゼーション」「刷新」との違いと本記事の焦点

姉妹記事「システムのモダナイゼーション」の保守費用はリホスト・リプラットフォーム・リファクタリング・リビルド・リプレースという5手法全般にわたる技術的負債解消コストに、「システム刷新」の保守費用は経営判断に基づく投資回収の観点にそれぞれ重心を置いています。本記事が扱うシステムリアーキテクチャの保守・運用費用は、このいずれとも異なり、マイクロサービス化・DDD・API-first設計・クラウドネイティブアーキテクチャパターンという構造再設計の結果として生じる、分散システム特有の運用コストに焦点を絞ります。技術手法全般の保守費用や経営判断の詳細を知りたい方は、両姉妹記事の完全ガイドをあわせてご参照ください。本記事では、アーキテクチャ設計に起因する費用構造の特殊性に絞って解説を進めます。

マイクロサービス化後に発生する運用監視コストの内訳

マイクロサービス化後に発生する運用監視コストの内訳

マイクロサービスは各サービスが独立しているため、複数の分散したサービスを適切に監視・管理する体制を新たに構築する必要があります。以下、代表的な費用項目を見ていきます。

分散トレーシング・ログ集約・監視ツールの費用

モノリスでは1つのログファイルを追えば処理の流れを追跡できましたが、マイクロサービスでは1つのリクエストが複数のサービスをまたいで処理されるため、どのサービスでどれだけの時間がかかったかを追跡する「分散トレーシング」の仕組みが不可欠になります。あわせて、各サービスから出力されるログを一元的に集約・検索できるログ管理基盤や、サービスごとの稼働状況を可視化する監視ダッシュボードの整備も必要です。これらの専用ツールの導入・運用には、想定以上に人手がかかったり、SaaS型の監視ツールの利用料が積み重なったりすることで、コストが増大する可能性があります。監視の仕組みそのものを「サービスの一部」として設計・予算化しておくことが、後から想定外の費用が発覚する事態を防ぎます。

サービスメッシュ(Istio等)の導入・運用コスト

サービス間の通信やセキュリティ管理を効率化するために、各サービスに「サイドカー」プロキシを付加する「Istio」などのサービスメッシュ技術が用いられます。サービスメッシュを導入すると、通信の暗号化・トラフィック制御・障害時の自動リトライといった機能を個々のサービスのコードに実装せずに済むというメリットがある一方、こうした技術やKubernetesによる運用を最初から全面的に導入しようとすると、学習コストが高すぎて挫折するケースがあります。結果として、想定していたエンジニアだけでは運用が回らず、外部の専門人材を追加でアサインすることになり、組織の教育コストや人件費を圧迫する要因になりがちです。段階的に適用範囲を広げながら、自社のチームがどこまで自走できるかを見極めて導入することが、コストの膨張を防ぐ鍵になります。

Kubernetes運用の人件費とAPI Gateway・サービス間通信の管理コスト

Kubernetes運用の人件費とAPI Gateway・サービス間通信の管理コスト

クラウドネイティブアーキテクチャの運用フェーズにおける費用のうち、最も見落とされがちなのが人件費と管理基盤の費用です。ここでは2つの観点から詳しく見ていきます。

専任のプラットフォームエンジニア・SREの必要性

Kubernetesクラスタの構築・運用には、ノードのスケーリング設定、セキュリティパッチの適用、リソース配分の最適化など、専門的な知識を要する継続的な作業が発生します。多くの組織では、アプリケーション開発者とは別に、インフラ基盤そのものを専任で担当するプラットフォームエンジニアやSRE(サイトリライアビリティエンジニア)を配置する必要が生じ、これが恒常的な人件費として積み上がります。特に24時間365日の稼働を求められる基幹業務システムでは、障害対応のオンコール体制も含めた人員配置が必要になり、モノリス時代のインフラ担当者1〜2名体制から、専門性の異なる複数名のチーム体制へと拡大するケースが少なくありません。この人件費の増加分を織り込まずに「インフラ費用が下がったから運用コストも下がる」と単純に見積もると、総所有コストを大きく見誤ります。

API管理基盤とFinOps(クラウドコスト最適化)の運用費

API-first設計を前提とするアーキテクチャでは、サービス間・外部連携の通信を一元管理するAPI Gatewayの運用費用も継続的に発生します。API呼び出し数に応じた従量課金モデルを採用しているクラウドベンダーも多く、サービス間通信の頻度が高いアーキテクチャほど、この管理基盤の費用が積み上がっていきます。あわせて、稼働後のクラウド利用料やパフォーマンス監視の設計を計画段階で行っていないと、マイクロサービス間の通信量増加等により、クラウドインフラ費用が当初の想定を大きく上回るリスクがあります。これを防ぐのがFinOps(クラウドコスト最適化)の考え方で、リソースの利用状況を継続的に可視化し、過剰にプロビジョニングされたリソースを適正化する運用を、アーキテクチャ設計と同時並行で仕組み化しておくことが、運用フェーズでのコスト膨張を防ぐ実務上のポイントです。

ランニングコストを最適化する設計上の工夫

ランニングコストを最適化する設計上の工夫

マイクロサービスアーキテクチャの運用コストを最適化するには、実装フェーズに入る前の設計段階での判断が最も効果的です。ここでは2つの実践的な工夫を紹介します。

適切な分割粒度によるオーバーシュート回避

マイクロサービス化における最大のコスト最適化策は、サービスを不必要に細かく分割しすぎないことです。分割の粒度を誤り「オーバーシュート」の状態に陥ると、サービス間の通信オーバーヘッドとデータ整合性の管理が複雑化し、運用の維持保守コストが設計不可能なレベルまで跳ね上がります。DDDによる境界づけられたコンテキストの分析を丁寧に行い、業務としてまとまりのある単位でサービスを分割することが、後から監視対象やデプロイパイプラインが際限なく増え続ける事態を防ぐ最も確実な方法です。すべての機能をマイクロサービス化するのではなく、変更頻度が高く独立性の高い機能から優先的に切り出し、変更が少ない機能はモノリスのまま残すという判断も、運用コストを抑える有効な選択肢です。

マネージドサービスの活用による運用負荷の外部化

Kubernetesクラスタの構築・運用をすべて自社で担うのではなく、クラウドベンダーが提供するマネージドKubernetesサービスや、サーバーレス型のコンテナ実行基盤を活用することで、インフラ運用の負荷をベンダー側に委ねることができます。自社で専任のプラットフォームエンジニアを何名も抱えるよりも、マネージドサービスの利用料を支払うほうがトータルコストを抑えられるケースは少なくありません。同様に、分散トレーシングやログ管理についても、自社でゼロから基盤を構築するのではなく、SaaS型の可観測性(オブザーバビリティ)プラットフォームを活用することで、初期構築の手間と運用の属人化リスクを同時に抑えられます。自社が競争優位性を持つべき領域と、外部サービスに任せてよい領域を切り分ける設計判断が、長期的な運用コストを左右します。

依頼先選定が運用コストに与える影響

依頼先選定が運用コストに与える影響

同じアーキテクチャ設計品質でも、どのパートナー企業に依頼するかによって、稼働後の運用コストは大きく変わります。発注前に確認しておくべきポイントを整理します。

運用設計・SRE支援まで踏み込める体制の確認

依頼先を選定する際にまず確認すべきは、アーキテクチャ設計だけでなく、稼働後の運用設計まで踏み込んで提案できるかどうかです。分散トレーシングやログ管理基盤の選定、FinOpsの仕組み化、オンコール体制の構築支援まで含めて伴走できるパートナーであれば、運用フェーズに入ってから慌てて監視の仕組みを後付けするという事態を防げます。あわせて、自社のエンジニアがKubernetesやサービスメッシュを自走できるようになるための教育・ナレッジトランスファーの計画を持っているかも重要な確認事項です。作って終わりのベンダーではなく、運用の内製化までを見据えて伴走してくれるパートナーを選ぶことが、長期的な運用コストの最適化につながります。

隠れたコストを含めた見積もりの妥当性確認

予算化において注意すべきは、ベンダーへの開発支払額だけでは総費用が済まない点です。コンテナ運用やマイクロサービス運用に向けた社内の教育研修費、新旧システムの並行稼働コストなどが発生するため、これらを含めた実質的な総費用は、ベンダー支払額の1.3〜1.5倍程度を見込んでおく必要があります。契約前の見積もりでは、初期の構築費用だけでなく、監視ツールの月額利用料、専任人材の増員計画、教育研修費といった運用フェーズの費用まで具体的な数値で提示してもらい、複数年のTCOに換算して比較することが、契約後の想定外の出費を防ぐ実務上のポイントです。

まとめ

システムリアーキテクチャの保守・運用費用まとめ

本記事では、システムリアーキテクチャの保守・運用費用・ランニングコストについて、モノリス維持と比較したTCOの変化、マイクロサービス化後の運用監視コストの内訳、Kubernetes運用の人件費とAPI Gateway・サービス間通信の管理コスト、ランニングコストを最適化する設計上の工夫、依頼先選定が運用コストに与える影響を体系的に解説しました。運用費用を正しく見積もる鍵は、これを単なるインフラ費用の増減としてではなく、分散システムを運用するための人件費・監視基盤・管理ツールを含めた総所有コストとして捉えることにあります。インフラ管理の自動化により年間運用費20〜40%削減が期待できる一方、実質総費用はベンダー支払額の1.3〜1.5倍を見込む必要があり、分割の粒度を誤る「オーバーシュート」を避ける設計判断が、運用コストの膨張を防ぐ最大の鍵になります。技術手法全般の保守費用や経営判断の詳細については、姉妹記事「システムのモダナイゼーション」「システム刷新」もあわせてご参照ください。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。

 

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