レガシーシステムのモダナイゼーションにおける保守・運用費用の問題は、単に「今のランニングコストが高い」という表面的な話ではありません。経済産業省の「DXレポート」によれば、企業のIT予算の9割以上がレガシーシステムの維持管理費に充てられているとされ、この構図の背景には、継ぎ足し開発による技術的負債、ドキュメントと実態が乖離するブラックボックス化、担当者しか仕様がわからない属人化という「なぜコストが下がらないのか」という前提側の問題が横たわっています。手法論としての「システムのモダナイゼーション」がリホスト・リプラットフォーム・リファクタリング・リビルド・リプレースといったアプローチ別の費用相場に重心を置くのに対し、本記事はレガシー化そのものがコスト構造をどう歪めているのか、そして放置した場合と刷新した場合のコストの差をどう経営層に説明するのかという意思決定支援の切り口を中心に解説します。
本記事では、レガシーシステムの保守・運用費用がなぜ高騰し続けるのかという構造的要因から、自社の放置コストを診断するセルフチェック、モダナイゼーションによる費用削減の効果と相場、経営層の刷新判断を後押しするROIの示し方、社内稟議を通すための進め方までを体系的に解説します。「毎年保守費用が増えているが理由がわからない」という担当者の方はもちろん、すでに刷新の検討を始めている方にとっても、コスト面から意思決定を後押しする材料が身に付く内容です。放置すればするほどコストは複利的に膨らむ性質を持つため、まずはその構造を正しく理解することから始めましょう。
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▼全体ガイドの記事
・レガシーシステムのモダナイゼーションの完全ガイド
なぜレガシーシステムは保守・運用費用が高騰し続けるのか

レガシーシステムの保守・運用費用は、システムが老朽化するほど右肩上がりに増えていく傾向にあります。多くの企業がこれを「経年劣化だから仕方ない」と捉えがちですが、実際にはシステムの内部で技術的負債が「利子」を生み続けているというメカニズムがあります。この構造を理解しないまま個別の保守契約の値下げ交渉だけを行っても、根本的なコスト増加は止められません。
継ぎ足し開発とブラックボックス化が招く改修コストの雪だるま式増大
長年にわたり急ぎの機能追加や改修が繰り返される中で、設計書などのドキュメントの更新が後回しになり、実際のシステムと内容が一致しなくなる「ブラックボックス化」が進行します。システム構造が複雑に絡み合っているため、小さな機能変更であっても全体への影響範囲が事前に予測できず、テストで想定外のバグが頻発し、改修のたびに検証期間と費用が雪だるま式に膨れ上がっていきます。技術的負債は返済せずに放置するほど利子(追加の改修コスト)が積み重なっていく性質を持っており、「今は動いているから」と保守だけを続ける選択は、実は将来にわたって最もコストのかかる選択になりやすいという点を理解しておく必要があります。
属人化・ベンダーロックインによる保守費用の高止まり
仕様が明文化されていないシステムでは、仕様やトラブルの対処法が長年保守を担当している特定の社員や外部ベンダー担当者の記憶だけで管理される「属人化」に陥ります。古い技術に対応できる人材も限られるため、特定のベンダーに依存し続ける「ベンダーロックイン」状態となり、価格交渉力を持てないまま高額な維持保守費用を払い続ける構図が固定化されます。さらにハードウェアやミドルウェアの老朽化により突発的なシステム障害が発生しやすくなり、構成が複雑で担当者も限られているため原因究明・復旧に多大な時間を要し、長時間のシステム停止による機会損失やブランド毀損といった「緊急対応コスト」が追い打ちをかけます。こうした要因が複合的に作用した結果として、IT予算の9割以上がレガシーシステムの維持管理費に充てられてしまうケースも少なくありません。
放置コストのセルフチェック(自社のランニングコストが適正か診断する)

自社のランニングコストが適正な水準にあるのか、それともレガシー化による「見えない利子」が上乗せされているのかを見極めるために、以下の観点で自社の状態を確認しておくことをお勧めします。
コスト面のチェック項目
維持管理費(保守・運用費用)が毎年増え続けているが根本的な見直しができていない、特定のベンダー以外に見積もりを取ることができず価格交渉の余地がない、機能改修や追加を行うたびに影響範囲の特定・確認に想定以上の工数がかかりコストが膨らむ、使われていない機能や重複機能が複数存在するが削除できずそのまま維持費を払い続けている、といった項目に該当する場合、保守費用そのものにレガシー化の「利子」が上乗せされている可能性が高いといえます。JUAS「企業IT動向調査報告書2024」でもいまだに4割の企業がレガシーシステムを使用していると報告されており、多くの企業が同様の構造的な費用負担を抱えています。
リスク・障害対応面のチェック項目(緊急対応コスト)
稼働中のOS・ミドルウェア・ハードウェアの中にすでに保守サポート期限(EOL)が切れている、または間近に迫っているものが存在する、障害発生時の原因究明・復旧に毎回長い時間がかかっている、システムの全体像を説明できる社員が限られており障害対応が特定の担当者に集中している、といった項目に該当する場合、今表面化していないだけで将来的に大きな緊急対応コストが発生するリスクを内包しています。EOL後のシステムは新たな脆弱性への修正パッチが提供されず、ランサムウェアなどの攻撃に対して無防備な状態が継続するため、平時の保守費用とは別に、インシデント発生時の損害というコストも将来のバランスシートに織り込んで検討する必要があります。
モダナイゼーションによる運用費用削減の効果と相場

放置コストの構造を理解した上で、実際にモダナイゼーションへ踏み切った場合にどの程度の費用削減効果が見込めるのかを確認します。手法によって削減の仕組みとインパクトは異なります。
手法別のコスト削減メカニズム(マネージド化・サーバーレス化等)
データベース等をAmazon RDSのようなマネージドサービスに置き換えるリプラットフォームでは、バックアップやパッチ適用が自動化されることで運用保守コストが下がります。サーバーレス化を進めれば完全従量課金となり、インフラの常時稼働・監視そのものが不要になります。AWS Mainframe ModernizationのようなサービスでCOBOL・メインフレームからクラウドネイティブへ移行した場合、運用コストが60〜90%削減される可能性があるとされています。ただし「とりあえずリホストするだけ」ではオンプレ時代の過剰なサイジングをそのまま引き継いでしまい、かえってコストが増えるケースもある点には注意が必要です。真のコスト削減効果は移行後の運用フェーズで顕在化するため、稼働前からFinOps・パフォーマンス監視・運用自動化の設計を織り込んでおくことが欠かせません。
削減効果の事例(IBMメインフレーム移行・SaaSリプレース)
実際の事例では、ある大手電子部品メーカーがIBMメインフレームからAWSクラウド(Java環境)へ段階的にリホスト+リファクタリングを行い、運用コストを約50%削減しています。また、ある大手商社がワークフローシステムをSaaS(X-point Cloud)へリプレースし、ペーパーレス化と合わせて年間400万円の維持・業務経費を削減した事例もあります。このように、対象領域の性質に応じて「マネージド化・サーバーレス化によるインフラ運用コストの削減」と「SaaSへのリプレースによる開発・保守そのものの外部化」という2つのアプローチを使い分けることが、費用対効果の高いコスト削減につながります。
経営層の刷新判断を後押しするROIの示し方

コスト削減効果を経営層に説明する際は、技術的な必要性だけでなくビジネス上のメリットを定量的に示すことが、投資判断を後押しする上で不可欠です。
ポートフォリオ管理によるメリハリのある投資戦略
すべてのシステムを一律の手法で刷新するのではなく、IT資産を「ビジネス価値」と「改修難易度」の2軸で分類するポートフォリオ管理の考え方が有効です。ビジネス価値の低いバックオフィス業務などはSaaSの標準機能に乗り換えて自社独自の維持費を最小化し、誰も使っていない機能や重複システムは思い切って廃止します。こうして浮いた予算を、自社の競争力の源泉となるコアシステムの再構築に集中投資するという合理的なストーリーを提示することで、「なぜ今すべてを刷新するのではなく、この順番で進めるのか」という経営層の疑問に説得力を持って答えられます。
定量的なKPI設定と運用コスト削減シミュレーション
単に「新しくする」ではなく、「保守コストの◯%削減」「障害対応時間の◯分の1への短縮」「リリース速度の向上」といった、ビジネスに直結する測定可能なKPIを設定することが重要です。不要なシステムの廃止やSaaS移行によって稼働後の年間保守運用費がどれだけ下がるのかを試算すると、一般的に年間運用費の20〜40%削減が見込めるケースが多く、この具体的なシミュレーション数値を稟議資料に盛り込むことが、感覚的な「刷新すべき」という主張よりもはるかに強い説得材料になります。
社内稟議を通すための進め方

コスト削減効果を数値で示せても、進め方そのものが不安視されると稟議は通りにくくなります。経営層・現場双方の懸念を先回りして解消しておくことが最後の一押しになります。
ビッグバン回避・スモールスタートの強調
経営層や現場が最も恐れるのは、システム刷新に伴う業務停止や失敗のリスクです。そのため、システムを一度に全て切り替えるのではなく、影響の小さい周辺機能や単一部門から段階的に移行していく「スモールスタート」のアプローチを採用し、リスクを最小限にコントロールしながら進める安全な計画であることを稟議書の中で明確に強調することが重要です。小規模なパイロット導入で短期的な成果とコスト削減効果を実証できれば、その実績が本格展開の予算獲得を後押しする材料になります。
現場部門との早期連携と「2025年の崖」の経営課題化
稟議を上げる前に、システムを利用する事業部門へのヒアリングを徹底し、業務上の課題や改善要望を計画に組み込んでおくことも欠かせません。「現行システムを変えたくない」という現場の抵抗を抑えるためには、事前の情報共有と合意形成が不可欠です。あわせて、足元では自社への影響が小さく見えても、レガシーシステムを放置し続ければ経済産業省が警告する「2025年の崖」により2025年以降年間最大12兆円規模の経済損失が生じる可能性があること、さらに自社だけでなく取引先やサプライチェーン全体にビジネス上の悪影響を及ぼしかねないことを、一部門の課題ではなく全社的な経営課題として提起することが、稟議を通すための最後の後押しになります。
まとめ

本記事では、レガシーシステムのモダナイゼーションの保守・運用費用・ランニングコストについて、費用が高騰し続ける構造的要因、自社の放置コストを診断するセルフチェック、費用削減の効果と相場、経営層の刷新判断を後押しするROIの示し方、社内稟議を通すための進め方を体系的に解説しました。保守・運用費用の問題を正しく理解する鍵は、これを単なる経年劣化によるコスト増ではなく、技術的負債が生み続ける「利子」であり、放置するほど複利的に膨らんでいく性質を持つと捉えることにあります。移行後はマネージド化・サーバーレス化・SaaSリプレースといった手法によって運用コストを大きく削減できる可能性がある一方、経営層の承認を得るためにはポートフォリオ管理による投資戦略の整理と、定量的なKPI・削減シミュレーションの提示が欠かせません。毎年の保守費用に疑問を感じている方は、まず自社のコスト構造がレガシー化によってどれだけ歪められているのかを可視化することから始め、信頼できるパートナーに相談することをお勧めします。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
