基幹システム/ERP刷新の進め方/やり方/流れや方法/手法/工程/手順

基幹システムやERPの刷新は、経営の根幹を揺るがす一大プロジェクトです。2025年の崖やSAP ERPの2027年保守期限問題を背景に、多くの企業が刷新の判断を迫られています。しかし、刷新プロジェクトの実態は教科書通りには進まず、スルガ銀行の95億円白紙撤回や日本IBMへの42億円賠償命令など、巨額の失敗事例が後を絶ちません。

この記事では、綺麗な方法論ではなく泥臭い現実に焦点を当て、7RフレームワークやコンポーザブルERPといった最新手法から、データクレンジングの実務、撤退の作法までを体系的に解説します。経営層、IT部門、現場担当者のいずれにとっても、プロジェクトを炎上させないための羅針盤となる内容です。失敗事例と成功事例の両面から、実践的な進め方を学んでいきましょう。

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基幹システム/ERP刷新とは?なぜ今やるべきなのか

基幹システム/ERP刷新の全体像

基幹システムやERPの刷新は、単なるシステム更改ではなく経営改革そのものです。老朽化した基幹を温存することは、DXの足かせとなり競争力を損ないます。背景にある「2025年の崖」と「2027年問題」を正しく理解することが、意思決定の第一歩です。

基幹システム/ERPの定義と「2025年の崖」「2027年問題」

基幹システムとは、販売管理、生産管理、財務会計、人事給与など企業活動の根幹を支える業務システム群を指します。ERPはそれらを統合し、データを一元管理する経営資源計画システムです。両者は重なり合いながらも、ERPのほうが経営統合の色合いが濃い概念として区別されます。

「2025年の崖」は経済産業省のDXレポートで指摘された課題です。レガシーシステムを放置した場合、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が発生すると警告されています。老朽化、ブラックボックス化、アドオン肥大化が温存されたままでは、新しいデジタル施策を展開する余地が生まれません。

SAP ERP(ECC6.0)の保守期限は2027年末に設定されており、多くの大企業が刷新の判断を迫られています。S/4HANAへの移行、他社製品への乗り換え、コンポーザブルERP化など選択肢は複数存在します。保守切れ後の自己責任運用は、セキュリティや法令対応の観点でリスクが極めて高い状態となります。

放置した場合の具体的リスク

刷新を先送りした場合のリスクは、単なる業務停止にとどまりません。有識者の退職によるブラックボックス化、保守要員の確保困難、セキュリティ脆弱性、データ連携の制約など、複合的な問題が同時進行します。特にCOBOLや独自フレームワークで構築されたシステムは、技術者の高齢化とともにメンテナンスが不可能になりつつあります。

業務面では、アドオン肥大化により標準機能のアップグレードが不可能な状態に陥ります。法改正対応や制度変更への追従が遅れ、コンプライアンス違反や機会損失を招きます。みずほ銀行のATM障害に代表されるような大規模システム障害は、老朽化と複雑化が組織風土と結びついて発生した典型例と言えます。

経営判断の観点では、データが部門ごとにサイロ化し、経営ダッシュボードの構築が困難になります。意思決定のスピードが競合に劣後し、M&Aや新規事業展開における統合コストも膨らみます。刷新は「やるかやらないか」ではなく「いつやるか」の問題として捉えるべきフェーズに入っています。

基幹システム/ERP刷新の手法を徹底比較

ERP刷新の手法比較

刷新の手法は一律ではなく、システムの特性や業務要件に応じて最適解を選ぶ必要があります。7Rフレームワークを軸に、Fit to Standardの思想、そしてコンポーザブルERPという新潮流を比較しながら、自社に適した戦略を組み立てていきます。

7Rフレームワーク(リホスト〜リプレイス)の使い分け

7Rフレームワークはクラウド移行戦略として提唱された考え方で、基幹刷新にも応用されています。リホスト(Rehost)はサーバを変えるだけのリフト、リプラットフォーム(Replatform)はOSやミドルウェアを刷新する改修、リファクタリング(Refactor)はコード構造を見直す再構築を指します。短期での延命から根本改革までを連続的に捉える枠組みです。

リビルド(Rebuild)はフルスクラッチでの作り直し、リプレイス(Replace)はパッケージやSaaSへの乗り換えを意味します。リテイン(Retain)は当面現状維持、リタイア(Retire)は廃止や統廃合です。全てのシステムを一律に刷新する必要はなく、業務価値と技術的負債のマトリクスで手法を振り分けることが現実解となります。

選択の基準は、競争優位に直結する業務か、法令対応などの守りの領域か、によって分かれます。競争優位領域はリビルドやコンポーザブル化で差別化を追求し、守りの領域はリプレイスで標準機能を活用するのが定石です。アドオンを重ねてきた周辺システムはリタイア候補として整理することで、保守コストを大幅に圧縮できます。

Fit to Standardとアドオン最小化の思想

Fit to Standardは、パッケージ標準機能に業務を合わせる考え方です。従来のFit&Gap分析では、業務要件にシステムを合わせてアドオンを積み上げる傾向が強く、結果として保守不能なモンスターを生み出してきました。標準機能の範囲内で業務プロセスを見直すことが、中長期の保守性と拡張性を確保する鍵となります。

アドオン最小化の実践には、業務プロセスの標準化と現場の納得感が不可欠です。「今までこうやってきた」という慣習的な業務を棚卸しし、本当に必要な差別化要素だけを残す作業が求められます。食品加工工場の事例では、慣習的な不要チェック業務を廃止することで、アドオン開発を回避しつつ生産性を向上させました。

一方でFit to Standardには限界もあります。日本企業特有の商慣行や業界固有の規制に標準機能が対応しきれないケースでは、無理に合わせることで現場が混乱します。スルガ銀行と日本IBMの95億円訴訟は、パッケージと自社業務要件の不整合が根本原因であり、標準適用の限界を示す教訓として語り継がれています。

コンポーザブルERP(ポストモダンERP)という新潮流

コンポーザブルERPは、モノリシックな統合型ERPを解体し、業務領域ごとに最適なSaaSを組み合わせる新しい考え方です。ガートナーが提唱する「ポストモダンERP」の潮流を汲み、財務会計はA社、人事給与はB社、販売管理はC社というように、ベストオブブリードで構成します。APIやiPaaSによる連携が前提となります。

このアプローチの利点は、領域ごとに最適なサービスを選べること、法改正やビジネス変化への追従が速いこと、そしてベンダーロックインを分散できることです。一方で、連携の設計とガバナンスが複雑化するため、データモデルの統一や認証統合を先に決めておく必要があります。導入には相応の設計力とインテグレーション力が求められます。

コンポーザブルERPは、従来の「10年に1度の大規模刷新」から「常に進化し続けるERP」へのパラダイムシフトをもたらします。部分的な入れ替えが可能になるため、将来の再刷新コストを構造的に下げる効果があります。ただしSaaS間のデータ整合性、同期タイミング、セキュリティポリシーの統一といった運用課題への備えが必要です。

失敗しない基幹システム刷新の進め方【7つのステップ】

ERP刷新の7つのステップ

刷新を成功させるには、7つのステップを段階的かつ確実に踏むことが重要です。教科書通りの理想論ではなく、現場で実際に遭遇する泥臭い調整や意思決定を含めた実践的な進め方を解説します。各ステップでの落とし穴と対策を押さえることで、炎上リスクを大きく下げられます。

ステップ1: 現行システムの棚卸しと業務のAs-Is分析

最初のステップは、現行システムの構成要素とデータフローを余すところなく棚卸しすることです。ハードウェア、OS、ミドルウェア、アプリケーション、バッチ、インターフェース、帳票、外部連携など、全ての要素を可視化します。ここでの手抜きが、後工程のコストを数倍に膨らませる最大の要因となります。

キングジムの10億円基幹刷新逆転劇では、最高額のJQ社が選定された決め手は、旧システムの全構成を漏れなく洗い出す調査力でした。見積が最も高かったにもかかわらず、現状把握の精度が他社を圧倒していたため、プロジェクトの実現可能性が評価されたと言われています。表面的な見積の安さに惑わされない判断が成功を呼びました。

業務のAs-Is分析では、現場へのヒアリングとドキュメント化を並行して進めます。属人化している業務、暗黙知で回っている手順、Excelやメールで補完している部分を丁寧に洗い出すことが求められます。この作業を軽視すると、要件定義で抜け漏れが発生し、本番稼働後に致命的な不具合として顕在化します。

ステップ2: 経営・IT・現場の三位一体体制の構築

基幹刷新はIT部門だけの仕事ではなく、経営層、IT部門、現場の三位一体体制が必須です。経営層は戦略と投資判断、IT部門は技術選定と実行管理、現場は業務要件と運用定着を担います。この三者の役割分担と意思決定プロセスが曖昧なまま進めると、責任のなすりつけ合いによる停滞が発生します。

ステアリングコミッティを設置し、経営層が最終意思決定者として関与する体制が理想形です。月次での進捗報告、四半期ごとの投資再評価、リスク発生時の即時エスカレーションなど、ガバナンスのルールを明文化します。経営層が「ITに任せた」と丸投げした瞬間に、プロジェクトは迷走を始めます。

現場では「システムキーパーソン」を各部署から選出する運用が有効です。業務知識とITリテラシーを併せ持つキーパーソンが、要件定義からユーザー受入テスト、定着化教育までを一気通貫で担います。彼らが部門内の意見集約と反発のガス抜きを担うことで、全社横断の合意形成が加速します。

ステップ3: RFP作成とベンダー選定

RFP(提案依頼書)には、現状課題、業務要件、非機能要件、移行要件、体制、予算感、評価基準を明記します。曖昧な要件のまま提案を受けると、ベンダー各社の見積が全く比較できなくなります。RFP作成時点で、評価基準の重み付けと採点方法を先に決めておくことが、公平な選定につながります。

ベンダー選定は、価格だけでなく実装実績、要員の質、アフターサポート、企業としての継続性を総合評価します。独立系SIerのオービックは営業利益率44%を誇る高収益企業ですが、それは顧客との長期的な伴走関係によって実現されています。安さで飛びつくと後工程で泣きを見るのが、基幹刷新の鉄則です。

複数ベンダーの相見積と並行して、参考事例先の訪問やデモ環境の実機確認も実施します。提案書の見栄えではなく、実際に動くシステムと、担当予定者の受け答えを評価することが重要です。最終候補2〜3社に絞り込んだ段階で、契約条件、SLA、瑕疵担保、撤退条項まで詰めておくと、後の紛争リスクを下げられます。

ステップ4: 要件定義とFit/Gap分析

要件定義はプロジェクトの成否を分ける最重要工程です。業務要件、機能要件、非機能要件、データ要件、移行要件、運用要件を体系的に整理し、パッケージ標準機能とのFit/Gapを判定します。Gap(差異)が大きい領域は、業務プロセスを変えるか、アドオンで対応するかの判断を迫られます。

アドオン判定の基準を先に決めておくことが、膨張を防ぐコツです。「競争優位に直結するか」「法令対応か」「代替手段がないか」といった判断軸を明文化し、ステアリングコミッティで承認した要件だけをアドオン化します。現場の「欲しい」をそのまま積み上げると、気付けば旧システムと同じモンスターが再生産されます。

要件定義のアウトプットは、機能一覧、画面設計、帳票設計、業務フロー、データモデル、インターフェース仕様として整備します。スルガ銀行と日本IBMの訴訟では、この要件定義フェーズでの詰めの甘さが致命的な不整合を招きました。十分な時間と工数を確保し、経営層まで巻き込んだレビューを繰り返すことが求められます。

ステップ5: 泥臭いデータクレンジングの実務

データクレンジングは、刷新プロジェクトで最も地味かつ最も重要な工程です。旧システムのデータには、全角半角の混在、自由記述欄の乱用、重複レコード、不整合な外部キー、廃止コードの残存など、あらゆる汚れが蓄積しています。これを放置したまま移行すると、新システム稼働初日から障害が多発します。

実務では、データプロファイリングで現状の汚れを定量化するところから始めます。例えば顧客マスタでは、同一顧客の重複登録が何件あるか、住所表記のゆれがどの程度存在するか、電話番号の形式がいくつ混在しているかを数値化します。定量把握なくしてクレンジング計画は立てられません。

クレンジングのルールは、業務部門と合意の上で文書化することが必須です。「この項目はこの優先順で名寄せする」「この条件に該当するレコードは削除する」といった判断基準を明文化し、承認プロセスを通します。自動化ツールで処理できる部分と、目検での確認が必要な部分を切り分け、工数と期間を現実的に見積もります。

ステップ6: PoC・並行稼働・段階的移行

本番稼働前には、PoC(概念実証)、並行稼働、段階的移行の3段階で検証を重ねます。PoCは特定業務や特定機能について、実現可能性を小規模に検証する取り組みです。大規模投資を確定する前に、技術的ボトルネックや業務適合性を早期に洗い出すことで、後戻りコストを最小化します。

並行稼働は、旧システムと新システムを同時に稼働させ、出力結果を突合して新システムの正確性を検証する手法です。一定期間、両システムにデータを入力する運用が必要となり、現場負荷は重くなりますが、本番切替時のリスクを大きく下げられます。クリティカルな基幹業務ほど、並行稼働期間を長めに確保します。

段階的移行(フェーズ移行)は、一気に全部を切り替えるビッグバン方式ではなく、業務領域や拠点ごとに順次切り替える方式です。ミッション・プロデュースの失敗事例では、テストと移行計画の不足により3ヶ月で数億円の損失と、100万ドル規模の追加修正費用が発生しました。移行計画の設計精度が、プロジェクトの命運を左右します。

ステップ7: チェンジマネジメントと定着化

システムが稼働しても、現場で使われなければ投資は回収できません。チェンジマネジメントは、業務変更への抵抗を抑え、新システムを定着させるための組織的な取り組みです。トップメッセージ、現場説明会、研修プログラム、ヘルプデスク体制、FAQ整備など、多層的な支援策を組み立てます。

デジタルデバイド対応も重要な論点です。ベテラン層やITに不慣れな現場担当者が置き去りにされると、シャドーITが発生したり、二重入力が残ったりします。マニュアルの動画化、チャットボット活用、対面トレーニング、伴走サポートなど、レベル別の支援を用意することで、全員が新システムに乗り切れる環境を整えます。

定着化後も、KPIモニタリングと継続改善を続けます。利用ログ、業務処理時間、エラー件数、問い合わせ件数などを定量的に追跡し、改善サイクルを回します。稼働後半年〜1年の安定化期間を経て、想定効果が出ているかをレビューすることが、投資対効果の検証につながります。

実名で学ぶ基幹システム刷新の失敗・成功事例

ERP刷新の実名事例

抽象論ではなく実名事例から学ぶことで、教訓の解像度が一気に上がります。ここでは失敗2件と成功1件を取り上げ、何が分岐点となったのかを具体的に掘り下げます。自社のプロジェクトに置き換えて読むことで、避けるべき落とし穴と模倣すべきポイントが明確になります。

スルガ銀行(95億円白紙撤回)のパッケージ選定失敗

スルガ銀行と日本IBMの勘定系刷新プロジェクトは、基幹システム訴訟史に残る事例です。IBM製パッケージ「Corebank」の導入を試みましたが、日本の銀行業務要件とのギャップが想定を超え、最終的に約95億円を投じたプロジェクトは白紙撤回されました。東京地裁は日本IBMに約42億円の賠償命令を下しています。

失敗の本質は、パッケージの適合性検証の甘さにあります。海外製パッケージを日本の商慣行に合わせようとしてアドオンが膨張し、開発期間とコストが制御不能になりました。Fit/Gap分析の段階で、本来は撤退やパッケージ変更の意思決定をすべき局面が何度もあったにもかかわらず、サンクコストに縛られて突き進んだことが裁判でも指摘されています。

教訓として、パッケージ選定時の実機検証の重要性、要件定義完了時点での投資再評価、そしてベンダーと発注側の役割分担の明文化が挙げられます。NHKと日本IBMの訴訟(2025年2月)でも、100%移行の非現実性が論点となっており、大規模パッケージ導入の根本的な難しさが改めて浮き彫りになっています。

ミッション・プロデュース(3ヶ月で数億円損失)のテスト不足

米国の農業企業ミッション・プロデュースは、新ERPの導入直後からテストと移行計画の不足が露呈し、3ヶ月で数億円規模の損失を計上しました。追加修正費用は100万ドルに達し、四半期決算にも影響を与えました。収穫・出荷のピークと本番稼働が重なったことも、被害を拡大させた要因として指摘されています。

教訓は、業務繁忙期を避けた稼働タイミングの設計、受入テストの網羅性確保、そして移行当日の縮退運用計画の整備です。特に出荷や決算などビジネスのピーク時期にカットオーバーをぶつけると、些細な不具合でも業務停止と売上損失に直結します。カレンダー上で最も影響が小さい時期を選ぶことが、リスク低減の基本です。

テスト計画では、単体テスト、結合テスト、総合テスト、受入テスト、負荷テスト、障害訓練まで、段階を追って実施します。特に受入テストは現場のキーパーソンが主導し、日常業務のシナリオを網羅します。本番稼働前に必ず「失敗した時の戻し(ロールバック)手順」を机上演習しておくことが、致命傷を避ける最後の砦となります。

キングジム(10億円逆転劇)の成功要因

キングジムの10億円基幹刷新プロジェクトは、失敗事例が多い中で成功を収めた代表例です。選定段階で最高額を提示したJQ社が採用された理由は、旧システムの全構成を徹底的に洗い出す調査力にありました。安値提案に飛びつくのではなく、現状把握の精度で実現可能性を見極めた経営判断が、プロジェクトを成功へと導いています。

TISが提供する基幹リビルドフレームワーク「Xenlon〜神龍」は、JFEスチールの3,400万ステップを29カ月で刷新した実績を持ちます。COBOL資産をJavaへ機械的に変換しつつ、品質とスケジュールを担保する手法が評価されています。独自フレームワークを組み合わせることで、大規模刷新のリスクを構造的に下げる取り組みです。

成功パターンに共通するのは、現状把握の徹底、経営層のコミット、ベンダーとの対等なパートナーシップ、そして段階的な移行設計です。オービックのように、独立系SIerとしての専門性と長期伴走を掲げる企業が営業利益率44%を実現している事実も、品質と継続性に対する正当な対価が存在することを示しています。

プロジェクト炎上時の「撤退の作法」

プロジェクト炎上時の撤退戦略

刷新プロジェクトが炎上した際、最も重要でありながら多くの企業が苦手とするのが「撤退の作法」です。サンクコストに縛られて突き進むより、適切なタイミングで損切りする勇気が、組織と事業を守ります。ここでは判断基準と契約解除の実務を整理します。

サンクコストをいつ切り捨てるかの判断基準

サンクコスト(埋没費用)は、すでに支出され回収不能な費用を指します。心理的には「これまで投資したから続けたい」と感じますが、経済合理性の観点では、これからの投資対効果だけで判断すべきです。スルガ銀行の95億円案件も、早期に撤退していれば被害を抑えられた可能性があります。

撤退を検討する判断軸として、当初計画比のスケジュール遅延率、追加予算の規模、要件充足率、品質指標、ベンダーとの協業関係性などを定量評価します。遅延率が50%を超え、追加予算が当初の1.5倍を突破し、要件充足率が70%を下回るような局面では、撤退または大幅な計画見直しを真剣に検討すべきタイミングです。

撤退判断は、プロジェクトマネージャーやIT部門長だけで決められる話ではありません。経営層が関与するステアリングコミッティで、定期的にGo/No-Goを再評価する運用を組み込むことが重要です。マイルストーンごとに「今から始めるとして、この投資を続けるか」を問い直す文化を育てることで、サンクコストの呪縛から解放されます。

契約形態別(請負/準委任)の解除手続き

契約解除の作法は、契約形態によって大きく異なります。請負契約では、発注者が仕事の完成前にいつでも契約を解除できますが、ベンダーに生じた損害を賠償する義務があります。完成した成果物の扱い、未完成部分の清算、知的財産権の帰属など、細部を詰めずに解除を進めると、追加の紛争に発展します。

準委任契約では、善管注意義務の履行を前提とし、いつでも各当事者から解除が可能です。ただし不利な時期の解除では、相手方の損害を賠償する必要があります。業務範囲と成果物の定義が曖昧な場合は、どこまでが完成分か、どこからが未了かの線引きで揉める傾向が強く、契約書の記載内容を事前に精査しておくことが必要です。

解除手続きでは、法務部門と弁護士を早期に巻き込み、書面によるやり取りを残します。成果物の引き渡し、ソースコードや設計書の扱い、秘密情報の返却、併走期間の設定など、移行期の作法を合意します。ベンダーとの関係を敵対化させず、可能な限り協調的な清算を目指すことが、次のパートナー探しや事業継続の観点でも重要です。

刷新後の「次の技術的負債」対策

刷新後の技術的負債対策

刷新が完了しても、その瞬間から次の技術的負債は蓄積し始めます。10年後に再び同じ苦しみを繰り返さないための設計思想と運用ポリシーを、刷新時点で組み込んでおくことが重要です。クラウドロックインの回避とコンポーザブルERPによる柔軟性確保が、現代のキーワードです。

クラウドロックインを防ぐアーキテクチャ

クラウドロックインとは、特定のクラウドベンダーの独自サービスに深く依存することで、他ベンダーへの移行が困難になる状態を指します。マネージドサービスは便利ですが、ベンダー固有のAPIやデータ形式に依存しすぎると、将来の乗り換えや交渉力で不利になります。設計段階でロックインレベルを意識することが必要です。

対策として、業界標準の技術スタック(コンテナ、Kubernetes、PostgreSQLなど)を採用し、独自サービスは抽象化レイヤを挟んで利用します。マルチクラウド前提の設計、IaCによる環境の再現性確保、データフォーマットの標準化などを積み重ねることで、将来の選択肢を維持できます。初期開発速度は落ちますが、中長期の柔軟性は大きく向上します。

契約面では、出口戦略(Exit Strategy)を契約書に明記することも有効です。データ取り出しの手段、移行支援の範囲、猶予期間、違約金の上限などを事前に合意しておくことで、いざという時の交渉力を確保できます。ベンダーロックインのリスクとコストを、経営指標の一つとして定量的に管理する視点が求められます。

コンポーザブルERPによる柔軟性確保

コンポーザブルERPは、刷新後の柔軟性確保に最も有力なアプローチです。業務領域ごとに独立したSaaSを組み合わせる構成により、領域単位での入れ替えが可能になります。財務会計、人事、販売、在庫といった領域ごとに最適解を選び、連携基盤で統合する構成が主流となりつつあります。

設計の要は、APIファーストのアーキテクチャ、iPaaS(統合プラットフォーム)の活用、共通データモデルの定義です。各SaaSが公開するAPIを中心に連携を組み立て、iPaaSで連携ロジックを一元管理します。データモデルを統一することで、SaaS間の整合性を担保し、分析基盤への接続も容易になります。

運用面では、SaaSのバージョンアップ追従、認証統合(SSO)、監査ログ統合、セキュリティポリシーの統一が継続テーマとなります。ガバナンス体制を整え、新しいSaaSの追加や既存SaaSの入れ替えが判断できる意思決定プロセスを定着させることで、コンポーザブルERPは「常に進化し続けるERP」として機能します。

まとめ

ERP刷新のまとめ

基幹システム/ERP刷新は、2025年の崖と2027年問題を背景に、多くの企業が避けて通れない経営課題となっています。7Rフレームワーク、Fit to Standard、コンポーザブルERPといった手法を適切に組み合わせ、7つのステップを着実に踏むことが成功への道筋です。現行棚卸し、三位一体体制、RFPとベンダー選定、要件定義、データクレンジング、PoCと段階移行、定着化の各工程で、泥臭い調整と継続的な意思決定が求められます。

スルガ銀行の95億円白紙撤回やミッション・プロデュースのテスト不足といった失敗事例は、いずれもパッケージ適合性の甘さ、計画の不備、サンクコストへの執着が共通項でした。一方でキングジムの成功事例が示すように、現状把握の徹底と経営層のコミットがあれば、大規模刷新も成功させられます。撤退の作法、クラウドロックイン対策、コンポーザブルERPによる柔軟性確保まで含めて、長期視点でプロジェクトを設計することが、次の技術的負債を防ぐ最良の処方箋です。

ERP刷新の今後

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。

 

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