ECリアーキテクチャのフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

ECリアーキテクチャにおいてフルスクラッチ・オーダーメイド開発を選ぶべきかどうかを検討する際、まず押さえておきたいのが、本記事が扱う判断軸は「ECのモダナイゼーション」「EC刷新」「EC更改」「ECリニューアル」とは異なるという点です。ECのモダナイゼーションは、フルスクラッチに相当する「リビルド」を対象システムを問わず横断的に扱う技術手法論であり、EC刷新は投資規模を経営層にどう説明するかという論点、EC更改は動かせない期限の中での実現可能性という論点です。これに対し本記事が扱うECリアーキテクチャにおけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発は、モノリシックなECパッケージを「すべて自社で一から作り直す」という従来型のフルスクラッチの発想そのものを問い直し、ヘッドレスコマース(Headless Commerce)・MACHアーキテクチャ(Microservices, API-first, Cloud-native, Headless)という構造再設計の文脈における「コンポーザブルコマース(Composable Commerce)」という新しい設計思想へのパラダイムシフトに焦点を当てます。どこを自社で独自開発し、どこを既存のSaaS・マイクロサービスに任せるかという切り分けの判断こそが、本記事の中心テーマです。

本記事では、ECリアーキテクチャにおけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発の位置づけ、コンポーザブルコマース・ベストオブブリードという考え方、全面フルスクラッチのリスクとハイブリッド構成、フルスクラッチ判断のための技術的評価軸、そして実現するための実務ポイントまでを体系的に解説します。技術的な実装手法の詳細は姉妹記事「システムリアーキテクチャ」へ、投資規模の経営説明はEC刷新の記事へ、それぞれあわせてご覧いただくことをお勧めします。本記事はその前提として、構造再設計という文脈における開発手法の選び方を明らかにします。

本テーマに関する全体ガイドは、以下の記事をご覧ください。

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ECリアーキテクチャにおけるフルスクラッチの位置づけ(コンポーザブルコマースという発想転換)

ECリアーキテクチャにおけるフルスクラッチの位置づけ(コンポーザブルコマースという発想転換)

ECリアーキテクチャでフルスクラッチ・オーダーメイド開発を検討するうえでは、まず本記事が扱う判断軸の位置づけを明確にしておく必要があります。同じ「フルスクラッチを選ぶか」という問いでも、モノリシックな時代の発想のままなのか、MACHアーキテクチャを前提とした発想なのかによって、結論がまったく変わってくるためです。

姉妹記事群との違い(構造再設計におけるフルスクラッチの位置づけ)

ECのモダナイゼーションでは、フルスクラッチに相当する「リビルド」を、独自の購買体験や複雑な商品カスタマイズ機能など自社の競争力に直結するコア業務に限定して適用すべき技術手法として、対象システムを問わず横断的に解説しています。EC刷新では、投資規模と売上規模の見合いという経営判断の観点からフルスクラッチの是非を論じ、EC更改では、動かせない期限の中でフルスクラッチが実現可能かという観点から判断します。これに対し本記事が扱うECリアーキテクチャにおけるフルスクラッチは、これらのいずれとも異なり、システム全体を一枚岩として自社開発するという従来型の発想自体を見直し、マイクロサービス単位で「どこを独自開発し、どこを既存のコンポーネントに任せるか」を設計するという、MACHアーキテクチャ特有の判断軸を扱います。

モノリスのフルスクラッチとコンポーザブルの違い

かつてのECサイトは、自社独自の複雑なビジネス要件を満たすために、フルスクラッチで巨大な「モノリシック・アーキテクチャ」として構築されるのが一般的でした。しかしこのアプローチは、機能変更やスケールが難しく技術的負債(レガシー化)を抱えやすいという課題を抱えていました。これに対する近年の強力なトレンドが「コンポーザブル・アーキテクチャ(Composable Architecture)」への移行です。コンポーザブルコマースとは、システム全体をフルスクラッチで作るのではなく、モジュール化されたAPI駆動のコンポーネント(部品)にシステムを分割し、それらを独立して進化させられるようにする考え方です。MACHアーキテクチャの「API-first」という特性により、各機能はAPIを介して通信するため、このコンポーザビリティ(構成可能性)が実現されます。フルスクラッチという言葉が持つ意味そのものが、「全部を自社で作る」から「コアとなる部分だけを自社で作り、それ以外は組み合わせる」へと変化しつつあるのです。

コンポーザブルコマース・ベストオブブリードという考え方

コンポーザブルコマース・ベストオブブリードという考え方

コンポーザブルな環境では、すべての機能を自社開発する必要はありません。それぞれの機能領域において、市場で最も優れている、あるいは自社に最も適した外部サービスを組み合わせてシステムを構築する「ベストオブブリード(Best-of-Breed)」のアプローチが可能になります。

独自開発すべき部分の判断基準(競争優位性・変動性の高いドメイン)

コンポーザブルなECシステムを設計する際は、ドメイン駆動設計(DDD)の観点から「どこを自社でマイクロサービスとして独自開発し、どこを既存のSaaSやサードパーティツールに置き換えるか」を見極める必要があります。この判断基準は、主に「ビジネス上の競争優位性」と「ドメインの変動性」に基づきます。独自開発すべき部分は、顧客体験に直結し自社ならではの競争優位性(差別化)を生み出す機能、あるいはビジネス要件が頻繁に変わり迅速な反復(イテレーション)が求められる領域です。具体的には、独自のプロモーション(キャンペーン)エンジンや、カスタマイズされた推薦エンジン(レコメンデーション)などが該当し、これらはビジネス要件の変更スピードに合わせて細かく独自に開発・デプロイすべき領域です。

既存SaaS・マイクロサービスを組み合わせるべき部分の判断基準

一方、既存SaaS・マイクロサービスを組み合わせるべき部分の基準は、どのECサイトにも共通して必要だが自社でゼロから作っても競争力に繋がらない「コモディティ化した機能」、あるいは要件が安定しており専門ベンダーの技術力が自社を上回る領域です。具体的には、決済処理サービス、一般的な在庫管理、メール・SMS配信、検索エンジン(SaaS型検索API)などが該当します。レガシーな自社開発コンポーネントがビジネスニーズを満たせなくなった場合には、これらの機能を新しいSaaSソリューションに「置き換える(Replace)」アプローチが有効です。マイクロサービスがAPIを介して通信することで、外部ツール・決済プロバイダー・分析プラットフォーム・不正検知システムとの統合が容易になる点も、コンポーザブルコマースがエコシステムの急速な進化に対応しやすい理由です。

全面フルスクラッチのリスクとハイブリッド構成

全面フルスクラッチのリスクとハイブリッド構成

コンポーザブルコマースという考え方が主流になりつつある一方で、すべての機能を独自開発する「全面フルスクラッチ」を選ぶ場合には、相応のリスクを理解しておく必要があります。

モノリシックフルスクラッチのリスク(長期化・技術的負債の再生産)

決済・検索・在庫連携・会員基盤といったコモディティ化した機能まですべて自社で一から作り込む全面フルスクラッチは、要件定義から設計、開発、テストまでの工数が膨大になり、開発期間が長期化しやすいという弱点を抱えています。さらに深刻なのは、せっかくMACHアーキテクチャという最新の構造に移行しても、すべてを独自開発してしまうと、専門ベンダーが継続的にアップデートしてくれるはずのセキュリティパッチや機能改善を自社だけで負い続けることになり、数年後には再び技術的負債を抱えたモノリスに逆戻りしてしまうリスクがある点です。ヘッドレスコマース・MACHアーキテクチャへのリアーキテクチャの本来の目的が「変化への俊敏な対応力」であることを踏まえると、全面フルスクラッチはこの目的と矛盾しやすい選択だと言えます。

部分オーダーメイド×ベストオブブリードのハイブリッド構成

現実的な選択肢は、システム全体をフルスクラッチにするのではなく、決済・会員基盤・在庫連携といった変化の少ない周辺領域は実績のあるSaaSやマイクロサービスの標準機能を採用し、独自の商品カスタマイズや購買体験、プロモーションエンジンといった競争力の源泉となる部分だけをオーダーメイドで開発するハイブリッド構成です。このアプローチであれば、開発規模を必要最小限に抑えながら差別化要素を維持でき、MACHアーキテクチャが本来もたらすはずの俊敏さを損なわずに済みます。オーダーメイド開発を依頼する際は、この切り分けの妥当性を客観的に評価できる、コンポーザブルコマースの設計実績を持つパートナーに早い段階で相談することが望ましいといえます。

フルスクラッチ判断のための技術的評価軸

フルスクラッチ判断のための技術的評価軸

どこをフルスクラッチで作り、どこを既存コンポーネントに任せるかという切り分けを、感覚ではなく技術的な評価軸に基づいて判断することが、後々の後悔を避ける鍵になります。

DDDでのコア・サポート・汎用サブドメイン分類

ドメイン駆動設計(DDD)では、業務領域を「コアドメイン」「サポートサブドメイン」「汎用サブドメイン」の3つに分類する考え方があります。コアドメインは事業の競争優位性を直接生み出す領域で、ここはフルスクラッチによるオーダーメイド開発を惜しむべきではありません。サポートサブドメインは事業に必要だが差別化要素にはならない領域で、既存のSaaSや簡易な独自開発の中間的な対応が現実的です。汎用サブドメインは決済や認証、メール配信のようにどの企業でも共通して必要とされる領域で、ここに開発リソースを投じることは非効率であり、実績のあるSaaS・マイクロサービスへ積極的に任せるべきです。この3分類を発注前にドメインエキスパートを交えて整理しておくことが、フルスクラッチの範囲を適切に絞り込む出発点になります。

将来の入れ替え容易性(ベンダーロックイン回避)

もう1つの評価軸は、将来的にそのコンポーネントを入れ替えやすい設計になっているかという点です。API-first設計を徹底し、特定のSaaSベンダー固有の独自仕様に強く依存する実装を避けておくことで、あるコンポーネントの性能や費用対効果に不満が出た際にも、他社のマイクロサービスへスムーズに乗り換えられます。これはコンポーザブルコマースが持つ最大の利点の1つであり、フルスクラッチで自社開発したコア機能についても、周辺のコモディティ機能と同様に、将来の技術トレンドの変化に応じて部分的に置き換えられる疎結合な設計を意識しておくことが、長期的な技術的負債の蓄積を防ぎます。

実現するための実務ポイント

実現するための実務ポイント

ハイブリッド構成の方針が固まった後、実際にプロジェクトを進めるうえでは、以下の実務ポイントを押さえておくことが、コンポーザブルコマースへの移行を成功させる鍵となります。

Must/Want分類とMVP段階リリース

限られた予算と期間内で最大の効果を出すために、コアドメインで独自開発すべき機能についても、要件を「Must(必須)」と「Want(望ましい)」に厳格に分類します。最初のMVP(Minimum Viable Product)では、競争優位性への貢献度が最も高い機能に絞ってオーダーメイド開発を行い、Want(望ましい)に分類された機能は後続フェーズに回すという段階的なリリース計画を立てることで、開発規模の膨張を抑えながら早期に市場価値を検証できます。この進め方は、パイロット〜MVP〜本番移行〜スケールという段階的な移行スケジュールとも整合しており、フルスクラッチの範囲を無理なく現実的な期間に収める効果があります。

依頼先選定(アーキテクト実績確認)

依頼先を選ぶ際は、単純なEC開発の実績だけでなく、コンポーザブルコマースの設計、すなわちコアドメインの見極めと外部SaaS・マイクロサービスとの統合を主導した実績があるかを重点的に確認しましょう。フルスクラッチによる独自開発力だけでなく、ベストオブブリードで組み合わせる外部サービスの選定眼を併せ持つアーキテクトが在籍しているパートナーであれば、過剰な独自開発によるコスト・期間の膨張を防げます。プロジェクト開始後は、ドメインごとの開発進捗と外部サービスとの結合テストの状況を週次で可視化し、全体工程には10〜20%程度のリスクバッファを組み込んでおくことが、想定外の事象が発生した際にも稼働時期を守るための備えになります。

まとめ

ECリアーキテクチャのフルスクラッチまとめ

本記事では、ECリアーキテクチャにおけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、コンポーザブルコマース・ベストオブブリードという考え方、全面フルスクラッチのリスクとハイブリッド構成、フルスクラッチ判断のための技術的評価軸、そして実現するための実務ポイントを体系的に解説しました。ECのモダナイゼーションが技術手法としてのリビルドを、EC刷新が投資規模の経営説明を扱うのに対し、本記事が扱うECリアーキテクチャにおけるフルスクラッチの本質は、「すべてを自社で作る」という従来の発想から、「コア機能だけを独自開発し、それ以外はベストオブブリードで組み合わせる」というコンポーザブルコマースへの発想転換にあります。DDDのコア・サポート・汎用サブドメイン分類で開発範囲を見極め、将来の入れ替え容易性を確保したハイブリッド構成を検討したうえで、Must/Want分類によるMVP段階リリースを徹底し、コンポーザブルコマースの設計実績を持つ信頼できるパートナーに早めに相談することをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。

 

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