医療・介護分野では、深刻な人手不足と業務過多という二重の課題が長年解決されないまま積み重なっています。医師の記録業務、介護士のケアプラン作成、夜間の見守り対応など、現場スタッフが本来のケアに集中できない状況が続いている組織は少なくありません。そうした課題を解決する手段として、AI・生成AIの活用が医療機関や介護施設の現場に急速に広がっています。
この記事では、医療・介護の現場でどのようなAI活用が進んでいるのかを具体的な事例とともに紹介します。診断支援・電子カルテ入力・問診支援・ケアプラン作成・見守りシステムなど、業務シーン別の取り組みと実際に得られた効果を体系的に解説しますので、自院・自施設でのAI導入を検討されている方にとって実践的な参考情報となるはずです。
医療・介護のAI活用の全体像は、以下の完全ガイドで体系的に解説しています。
▼全体ガイドの記事
・医療・介護のAI活用 完全ガイド|進め方・事例・効率化まで体系的に解説
医療・介護でAI活用が広がる背景

医療・介護分野においてAIが注目される背景には、少子高齢化の進行と労働力不足という構造的な問題があります。2040年には約69万人の介護職員が不足すると予測されており、この需給ギャップを埋めるには業務プロセスそのものを変革する必要があります。また、医師の働き方改革の義務化によって病院側の書類作業削減ニーズも高まっており、AIによる効率化が現場から切実に求められています。
慢性的な人手不足とペーパーワーク過多
医療現場では、医師が診察よりもカルテ入力や紹介状・退院サマリーの作成に多くの時間を費やしているという実態があります。診療後に記憶を頼りに手入力する電子カルテ作業は、医師一人あたり毎日相当な時間を消費しており、本来の患者ケアに充てられる時間が削られています。介護現場でも、日々のサービス記録やケアプランの更新作業が職員の残業増加につながり、離職率の上昇という深刻な問題に波及しています。
AI・生成AIはこうした「定型的・反復的なドキュメント業務」において特に高い効果を発揮します。音声を自動でテキスト化してカルテの下書きを作成したり、アセスメントデータからケアプランの原案を生成したりすることで、専門職が本来の判断業務に集中できる環境を作り出せます。
政策・補助金によるDX推進の加速
国や自治体も医療・介護DXを強力に後押ししています。厚生労働省は医療情報システムの安全管理を定めた「3省2ガイドライン」を更新し、2023年には医療機関へのサイバーセキュリティ対策を事実上義務化しました。介護分野では都道府県の「介護テクノロジー導入支援補助金」が整備されており、介護ロボット枠で30〜100万円、ICT製品枠で100〜250万円、パッケージ製品枠では400〜1,000万円の補助上限が設定されています。
こうした政策的な後押しを受けて、実際にAIシステムを導入する医療機関・介護施設の数は年々増加しています。大学病院から地域の中小クリニック、特別養護老人ホームや通所介護事業所まで、規模を問わずAI導入の波が広がっており、先行事例から学べる知見も蓄積されてきました。
医療・介護におけるAI活用シーンの全体像

医療・介護分野におけるAIの活用シーンは大きく分けると「医療機関向け」と「介護施設向け」に整理できますが、いずれも「記録・文書業務の効率化」「患者・利用者接点のデジタル化」「リスク管理・予防」の3領域に集約されます。
医療機関で活用が進む主な領域
医療機関では以下の業務でAI・生成AI活用が特に進んでいます。
・電子カルテ入力支援(音声認識+生成AIによる自動下書き作成)
・退院サマリー・紹介状・指示書の自動生成
・AI問診・外来トリアージ(患者のスマホや専用端末を使った対話型問診)
・レセプト点検・算定漏れ防止
・医療画像診断支援(CT・MRI・エコーの読影補助)
・24時間対応のAIチャットボットによる電話受付代替
これらはいずれも、医師や医療事務スタッフが従来多くの時間を費やしていた業務です。AIを組み込むことで、処理時間の短縮だけでなく、ヒューマンエラーの防止や算定漏れによる収益損失の回避にもつながります。
介護施設で活用が進む主な領域
介護施設では以下の業務でAI・テクノロジーの導入が加速しています。
・ケアプラン原案の自動生成(アセスメントデータを活用したAI補助)
・介護記録の音声入力・自動整形
・夜間見守りセンサー・AIカメラによる非接触モニタリング
・シフト作成の自動化・最適化
・送迎ルート計画のAI算出
・対話型AIロボットによる認知症予防・レクリエーション支援
介護現場での活用は「直接ケアの質向上」と「間接業務の削減」を同時に実現できる点が特徴です。夜間巡回の効率化や記録業務の音声化により、職員の肉体的・精神的な負担を軽減しながら、利用者へのサービス品質を維持・向上させることができます。
医療現場でのAI活用事例|業務シーン別の取り組み

医療機関でのAI活用は、特に「書類作成業務の自動化」と「患者接点のデジタル化」において大きな成果が報告されています。以下では、業務シーン別に具体的な取り組みと得られた効果を紹介します。
電子カルテ入力支援と退院サマリーの自動生成
診察室での医師と患者の会話をスマートフォンや専用端末でリアルタイムに集音し、音声認識と生成AIを組み合わせて電子カルテの下書きを自動作成するソリューションが普及しています。医師は診察後に記憶を頼りに入力する時間から解放され、内容確認・修正だけで記録業務を完結させられます。兵庫医科大学病院などの大学病院から地域のクリニックまで導入が広がっており、カルテ記載時間の削減効果が報告されています。
退院サマリーの自動生成でも顕著な成果が出ています。入院中の経過記録・検査データ・処置情報を生成AIが自動抽出・要約してサマリーの下書きを作成することで、ある病院では退院時看護サマリーの作成時間が平均約30%削減され、スタッフの精神的な負担軽減にも寄与したとされています。また別の大学病院での実証実験では、生成AIによるサマリー作成支援に参加した医師の92%が業務効率化を実感したと回答しています。
AI問診・外来トリアージ支援
患者が来院前や待合室でスマートフォン・タブレットから症状を入力すると、AIが最適な質問を自動構成して対話型問診を進め、その結果が電子カルテに自動連携されるシステムが複数の医療機関で稼働しています。「ユビー」などの問診AIサービスがその代表例で、受診すべき診療科の提案機能により、不適切な診療科受診を未然に防ぐ効果もあります。大阪国際がんセンターなどの施設では、問診時間を従来比で約3分の1に短縮し、浮いた時間で医師が月200時間分相当の紹介状等の作成に充てられたとする報告もあります。
院内のトリアージ支援にもAIが活用されています。問診票データを解析して感染疑いのある患者を自動抽出し、アラートを発して個室誘導などを促す「院内トリアージ支援システム」が導入された施設では、スタッフの経験値に依存しない均一な感染対策の実施が可能になっています。AIチャットボットによる24時間対応の電話受付代替では、月間の受電件数が約80%削減されたとする事例も報告されており、受付スタッフの業務負荷が大幅に軽減されています。
レセプト点検・算定漏れ防止と医療画像診断支援
診療報酬請求業務(レセプト)においても、AIの活用が進んでいます。「Reze」などのAIレセプト管理システムは、過去の膨大な請求実績データを学習し、病名・治療行為・処方の不整合をリアルタイムでチェックして算定漏れや返戻リスクを大幅に削減します。厚生労働省の調査研究では、生成AIが算定すべき点数を73.7〜97.1%の正答率で判断できる可能性が示されており、事務スタッフの確認工数を劇的に減らせるとされています。ある地域での実証事業では、年間で最大459時間の請求業務時間削減と月内の残業ほぼゼロ化が確認されています。
医療画像診断の分野では、CTやMRI・超音波画像をAIが解析して医師の読影を補助する「医療機器プログラム(SaMD)」の活用も進んでいます。CT画像から肺結節や微小骨折を検出するソフトウェア、MRI画像から脳疾患の初期兆候を検出するシステム、超音波画像から悪性腫瘍を識別するソフトウェアなど、多様な診断支援ツールが実用化されています。米国FDAでは2023年11月時点で483件のSaMDデバイスが承認されており、国内でも深層学習を活用した医療機器プログラムの承認数が累計で増加傾向にあります。
看護業務における転倒予測・不穏検知と事務自動化
看護領域では、言語解析AIを活用した「転倒・転落予測システム」が注目されています。日々の看護記録データと過去のインシデント事例を学習したAIが、患者ごとの転倒・転落リスクをリアルタイムにスコア化してレーダーチャートで可視化します。導入した施設では、従来1回あたり35分かかっていたリスク判定業務が0分へと削減され、年間インシデント報告件数が約38%減少したという成果が確認されています。
患者の不穏行動を事前に予測するシステムでは、不穏が発生する30分以上前の段階で約70%の精度で予兆を検知し、先制的な看護介入が可能になっています。また、看護管理者が行う人員データの集計・転記作業にRPA(Robotic Process Automation)を導入した事例では、月に3〜4時間(年間36〜48時間)を要していた手作業が月5分(年間約1時間)にまで短縮され、ヒューマンエラーによるミスも完全に解消されたとされています。
介護現場でのAI活用事例|ケアプランから見守りまで

介護現場でのAI活用は、職員の業務負担軽減と利用者の生活の質(QOL)向上という両面で成果が出ています。ここでは特に導入効果が確認されている業務シーン別の取り組みを紹介します。
ケアプラン原案の自動生成とサービス品質の均一化
ケアマネジャーが行うケアプラン作成業務において、AIによる自動生成支援が注目されています。アセスメント(課題分析)データをもとに、AIが過去の成功事例データベースから最適なサービス構成や目標設定の原案を作成します。従来1〜2時間を要していたプラン作成が20〜30分程度に短縮されるとされており、ケアマネジャーの事務負担を大幅に減らしながら、より多くのケース対応が可能になります。
この仕組みは新人教育の観点でも有効です。ベテランケアマネジャーが持つ「暗黙知」をAIが学習してデータ化することで、経験の浅いスタッフでも均一な品質のプランを提供できるようになります。介護リフォーム(住宅改修)の分野でも同様に、AIが過去の改修実績から適切な手すり位置などを提案することで、通常1か月以上かかる設計から着工までの工期が2週間短縮された事例が確認されています。
夜間センサー見守りと転倒防止・訴訟リスク軽減
介護施設での夜間巡回業務は、職員の肉体的負担が大きく睡眠不足による離職の要因にもなっています。ベッド下や居室に設置した生体センサーやAIカメラ(「LIFELENS」などのサービスが代表例)を組み合わせることで、利用者の呼吸・睡眠深度・体動をリアルタイムに監視し、「熟睡中」と判定された利用者への定時巡視を省略できます。異常や離床の予兆が検出された場合のみ訪室する運用に切り替えることで、夜間巡回回数が従来の約50%削減された施設が報告されています。
この仕組みは利用者のQOL向上にも直結しています。ドア開閉音による睡眠妨害が減ることで、利用者自身の睡眠の質が向上します。また、AIカメラに事故前後の映像ログが自動保存されることで、転倒などの事故が発生した場合に家族へ客観的な情報提供ができ、主観的な記憶違いによるトラブルや訴訟リスクを未然に防げるメリットもあります。
シフト作成・送迎計画・記録業務の一括効率化
介護施設のシフト作成は、職員個別の休暇希望・配置基準・スキルレベルを複雑に調整する必要があり、担当者の大きな負担になっています。AIが全ての制約条件を自動分析して最適な勤務表を生成することで、シフト作成にかかる時間が従来の約10分の1に短縮された事例があります。また、利用者の自宅位置・希望時間・車椅子対応車両などの条件を踏まえた送迎ルート計画では、従来は数時間かけて作成していた計画をAIがわずか15分(約95%削減)で算出し、カーナビへ自動転送することで運転手の心理的負担も軽減されています。
介護記録の音声入力による効率化も普及しています。サービス提供直後にその場でスマートフォンへ音声入力すると、AIが自動でフォーマット通りの記録形式に文字起こし・整形します。事務所に戻ってPCへ手入力する時間が半減し、記録の即時性が高まることで入力漏れや不正確な転記を防止できます。また、ぬいぐるみ型の対話AIロボットを活用した実証実験では、高齢者のモニタリング面談時間が平均7.0分から2.2分へと約7割削減されたとする報告もあります。
AI導入で得られる効果|定量・定性の両面から

医療・介護現場へのAI導入が進む中で、さまざまな定量的・定性的効果が確認されています。数値で示せる成果だけでなく、現場の働き方や組織文化に与えるポジティブな変化も重要なポイントです。
業務時間削減と運営コスト改善の実績
報告されている定量的な効果をまとめると、以下のような改善が確認されています。
・退院時看護サマリーの作成時間:約30%削減
・転倒・転落リスク評価時間:35分から0分へ(手動アセスメント廃止)
・年間インシデント報告件数:約38%減少
・看護管理者の事務転記作業:月3〜4時間から月5分へ(約95%削減)
・夜間巡回回数:約50%削減
・ケアプラン作成時間:1〜2時間から20〜30分へ
・送迎ルート計画時間:数時間から約15分へ(約95%削減)
・シフト作成時間:約10分の1に短縮
・月間受電件数:最大80%削減(AIチャットボット活用)
レセプト請求業務においても、ある地域での実証事業では年間最大459時間の業務時間削減が確認されています。これらの数値はあくまで特定の施設・条件下での成果ですが、医療・介護現場全体でAI活用による時間削減効果が広く認められていることは確かです。
職員定着・ケアの質向上・組織変革への波及効果
定量的な時間削減以上に重要なのが、現場の働き方と組織文化への波及効果です。書類作成時間が減ることで、職員は本来の対面ケアや患者・利用者とのコミュニケーションに充てる時間を増やせます。これは職員の仕事へのやりがい回復にもつながり、離職率の抑制に寄与するとされています。
また、AIによるリスク管理(転倒予測・不穏検知・院内感染トリアージ)は、インシデントの予防を通じてケアの質そのものを高めます。AIが出力するリスクスコアや予測情報を職員が共有することで、チーム全体での情報連携が進み、組織としての対応力が向上します。新人・ベテランを問わず均一な品質を維持できるようになることも、組織の安定的な成長につながる重要な効果です。
自院・自施設でAI活用を始める進め方

AI活用の事例を知っても「実際にどこから始めればよいのか」と迷われる方は多いと思います。ここでは、医療・介護現場でAI導入を進める際の実践的なステップを解説します。
STEP1:課題の棚卸しと優先業務の特定
AI導入で失敗する最大の原因は「技術ありきで導入すること」です。まず自院・自施設で最も時間がかかっている業務、スタッフが不満を抱えている業務を洗い出すことから始めてください。「電子カルテ入力に時間がかかりすぎている」「夜間巡回で職員が疲弊している」「シフト作成に毎月丸1日かかっている」など、具体的な課題とその規模(何時間/月など)を明確にすることが、AI活用の正しいスタートポイントです。
課題が特定できたら、同規模・同業態の施設でのAI導入実績を持つベンダーを探してください。大病院向けの高機能システムを小規模施設に導入してもオーバースペックとなり、「機能が複雑すぎて使えない」という失敗に陥るリスクがあります。自分たちに近い規模・形態での解決実績が豊富なベンダーを選ぶことが、導入成功の重要な条件です。
STEP2:PoC(試験導入)と法令・セキュリティの確認
医療・介護分野のAI導入では、セキュリティと法令遵守の確認が必須です。医療情報を扱うシステムは「3省2ガイドライン(第6.0版)」への準拠が求められます。二要素認証の実装状況、ランサムウェア対策としてのクリーンバックアップ体制、ISMS(ISO27001等)の認証取得、MDS/SDSの提供可否を必ずベンダーに確認してください。生成AIを活用したシステムでは、入力データが再学習に使用されないか、サーバーが国内法の適用を受ける場所に設置されているかも重要な確認事項です。
セキュリティ確認と並行して、まずは小規模なPoC(概念実証)から始めることをお勧めします。無料トライアルや試験導入期間を設け、実際に現場スタッフが操作してUIの確認や習熟度を確かめる期間を設けることで、本格導入後の定着失敗リスクを大幅に減らせます。また介護施設の場合は、補助金(介護テクノロジー導入支援補助金)の活用を検討し、補助金の「交付決定前に契約・発注をしてしまう」失敗を避けるため、申請スケジュールを先に確認しておくことが重要です。
STEP3:既存システムとの連携と Human-in-the-Loop の確立
AI導入で見落とされがちなポイントが、既存の電子カルテシステムや介護ソフト(「ワイズマン」「ほのぼの」「カイポケ」等)とのデータ連携です。APIやCSVによるデータ連携が不可能な場合、二重入力が発生して「かえって手間が増えた」という本末転倒の結果になります。導入前にベンダーへ既存システムとの互換性を必ず確認してください。
医療・介護分野では、AIはあくまで「補助ツール」であり、診断・治療方針・ケアプランの最終的な判断は必ず有資格者が行う「Human-in-the-Loop(人間主導の監視体制)」の確立が絶対条件です。AIが生成したカルテ下書きやケアプラン原案を確認・承認するフローを明確にし、組織内でAI利用のガバナンスルール(利用申請・監査の仕組み、少なくとも半年に1回の利用監査など)を整備することが、安全で持続的なAI活用の基盤となります。
まとめ:医療・介護のAI活用は「現場課題の解決」から始める

この記事では、医療・介護現場でのAI・生成AI活用事例を業務シーン別に紹介しました。電子カルテ入力支援・退院サマリー自動生成・AI問診・レセプト点検・医療画像診断支援といった医療機関向けの活用から、ケアプラン自動生成・夜間見守りセンサー・シフト最適化・音声入力記録といった介護施設向けの活用まで、実際に成果が確認されている取り組みが数多く存在しています。
AI導入で大切なのは「技術ありき」ではなく、現場が抱える具体的な課題を起点に、同規模・同業態での実績があるベンダーを選び、3省2ガイドラインへの準拠を確認した上でPoCから段階的に進めることです。Human-in-the-Loopの体制を確立しながら、AIと専門職が協調する仕組みを整えることで、職員の働きやすさと患者・利用者へのケアの質を同時に向上させることができます。まずは自院・自施設の中で最も負担になっている業務を一つ選んでAI活用の可能性を検討してみてください。
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